散歩の途中で、ご近所のコロちゃんのお母さんと立ち話をした。
コロちゃんはラク太と同じくらいの年頃。
大きさもほぼ一緒の雑種(♂)である。
いきさつはくわしく聞いていないのだけれど、保健所か愛護センター出身らしいコロちゃんに、
管理人はとっても親近感を抱いている。
男らしく元気なコロちゃんは遊ぶのも大好き。
でも、ドッグランにはまだ行ったことがないというので、
それはいけないとばかりに、管理人は軽〜い気持ちで誘ってしまった。
「ドッグラン、楽しいよ。コロちゃんもすごく喜ぶと思うな。
車出すから今度近くのドッグラン一緒に行かない?」
コロちゃんのお母さんは
「うーん・・・」と考え込み、言いにくそうに言った。
「行って見たいけど・・・でも、うちはまだ子どもが小さいし、
コロちゃんにそんな時間は割けないわあ・・・」
そして、コロちゃんのお母さんは続けて言った。
「ラク太くんは、ほんとにしあわせねえ」
・・・・あさはか管理人(
「は」に濁点つけてもよい)。
今の自分のライフスタイルが、ラク太にたっぷりの時間を割くことを許すからといって、
みんながみんなそんなわけがないではないか。
いい年こいてその程度のことに思い及ばんとは、あほかねワシ。
ムスメやムスコがまだ小学生や中学生だったころ、
管理人が当時の愛犬チバ(雑種♀)にそんな時間を遣ってやっただろうか。
朝夕の散歩には行くけれど、昼間は庭にほったらかしにしたままちっともかまってやらなかったではないか。
毎日がなんやかんやと忙しく、チバはしょっちゅう留守番であったが、だからといって
「留守番が続いたから、埋め合わせに今日はいっぱい遊んだる!」
なんて管理人はちっとも考えちゃいなかったし、実際そんなことをしている暇もなかった・・・と思う。
いつもいつもこちらの都合で振り回すだけ振り回し、犬のことは2の次であったあの頃(
チバごめん)をよおく思い出してみるように!
と、自分にいいきかせたのであった。
ラク太だって考えてみれば、人としてそれってどうなの?!って自問自答したいくらい適当な管理人に飼われて、ごはんなんかほぼまんまドライフードだけだし散歩の時間だっていい加減。
いろんなブログを訪問するようになって、ご飯は必ず手作りだったり、飼い犬のことを一生懸命考えて手抜きせず、心をこめて世話をしている飼い主さんがたくさんいるということを知った管理人としては、自分ちのやり方に相当手抜き感を感じ、ちょっと恥ずかしかったりしているのである。ご存知のとおり、散歩なんか日によっては昼に出陣だもんね。
コロちゃんのお母さんからみれば「ラク太くんは幸せねえ」ってことになるようだけれど、たとえドッグランに行けなくたって、コロちゃんはいつもお家の中でみんなと一緒である。
そして日曜日には、お父さんと2時間に及ぶド長い散歩(
疲れきって帰ってくるらしいよ)にも連れて行ってもらえるコロちゃんが、幸せでないハズがない。
昼間はあまりかまってやらなかったチバだけれど、夕方になると玄関に入れてやる習慣だった。板の間にだらーんと寝そべって、通りかかる家族全員から撫でなで攻撃を受けていた。家族全員チバが大好きだったんだから、きっと、幸せだったよね?ね?
家庭ごとに子育てのスタイルがいろいろあるように、犬との生活にもいろいろなスタイルがあるのは当たり前だし、あっていいと思う。
もちろん、基本のところに「愛」だけはなくっちゃダメだけどさ。

17歳と5ヶ月生きたチバ
・・・てことで、
今日も散歩はげしく出遅れちゃったけど許してね・・・・
「能書きはええから早くして」